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最高裁判所第二小法廷 平成4年(オ)685号 判決

上告人(原告)

池内正行

被上告人

黒田政行

ほか一名

主文

一  原判決中被上告人黒田政行に関する部分を次のとおり変更する。

1  被上告人黒田政行は上告人に対し、一一六一万六二一一円及びこれに対する昭和六〇年一月二三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被上告人黒田政行は上告人に対し、一一八七万六六四六円を支払え。

3  上告人の被上告人黒田政行に対するその余の請求を棄却する。

二  被上告人日新火災海上保険株式会社に対する上告を棄却する。

三  上告人と被上告人黒田政行との間の訴訟の総費用はこれを三分し、その一を被上告人黒田政行の負担とし、その余を上告人の負担とし、前項に関する上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人荻原統一の上告理由第一の一及び第二について

一  上告人の被上告人黒田政行(以下「被上告人黒田」という。)に対する本件請求は、昭和五六年六月一六日に発生した交通事故(以下「本件事故」という。)で脳挫傷等の傷害を負つた上告人が加害車両の運行供用者である被上告人黒田に対し、自動車損害賠償保障法三条に基づいて、(一) 治療費、付添看護費、休業損害、後遺障害に基づく逸失利益、慰謝料等の弁護士費用を除く損害額のうちの五〇〇〇万円と弁護士費用五〇〇万円の合計五五〇〇万円(弁護士費用を加えた総損害額から控除すべき金額を控除した額がこれより少ないときはその額)及びこれに対する昭和六〇年一月二三日から支払済みまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払、(二) 弁護士費用を除く損害額から昭和六〇年一月二二日までに支払われたものを控除した金額のうち九七八二万九六七八円(弁護士費用を除く損害額から右日時までに支払われた額を控除した額がこれより少ないときはその額)に対する昭和五六年六月一六日(本件事故発生日)から昭和六〇年一月二二日までの同じく年五分の割合による遅延損害金一七六三万六一四四円(ただし、上告における不服申立ては一二三九万四五六七円の範囲に限定されている。)の支払を求めるものである。

二  原審は、被上告人黒田の損害賠償義務を認め、本件事故により上告人に生じた弁護士費用を除く損害額を九一一二万四三八一円、支払われた自賠責保険金等損害額から控除すべき額を合計八〇五〇万八一七〇円と確定し、これを損害額から控除した一〇六一万六二一一円に弁護士費用一〇〇万円を加算した一一六一万六二一一円を認容すべき損害賠償額として算出した上、上告人の請求は、右金額とこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六〇年四月二五日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分に限り認容すべきものとし、本件事故の発生日である昭和五六年六月一六日から訴状送達の日である昭和六〇年四月二四日までの遅延損害金の請求については、要旨次のとおり判断してこれを棄却すべきものとした。すなわち、本件で損害賠償金の支払が延引したのは、上告人が損害の総額やこれから控除すべき額を争つたことにある上、上告人の主張によつても、損害の残額の計算方法、各遅延損害金の起算日の特定が不可能であるところ、その主たる責任は上告人にあり、これを過失として相殺すべきであるから、認容すべき遅延損害金は、最終の認容額の一一六一万六二一一円に対する訴状送達の日の翌日以降のものに限定するのが相当であると判断した。

三  しかしながら、遅延損害金の請求部分に関する原審の右判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。

不法行為に基づく損害賠償債務は、損害の発生と同時に、なんらの催告を要することなく、遅滞に陥るものである(最高裁昭和三四年(オ)第一一七号同三七年九月四日第三小法廷判決・民集一六巻九号一八三四頁参照)。そして、同一事故により生じた同一の身体傷害を理由とする損害賠償債務は一個と解すべきであつて、一体として損害発生の時に遅滞に陥るものであり、個々の損害費目ごとに遅滞の時期が異なるものではないから(最高裁昭和五五年(オ)第一一一三号同五八年九月六日第三小法廷判決・民集三七巻七号九〇一頁参照)、同一の交通事故によつて生じた身体傷害を理由として損害賠償を請求する本件において、個々の遅延損害金の起算日の特定を問題にする余地はない。また、上告人が損害額及びこれから控除すべき額を争つたからといつて、これによつて当然に遅延損害金の請求が制限される理由はない。したがつて、本件においては、損害発生の日すなわち本件事故の発生の日からの遅延損害金請求は認容されるべきであつて、事故発生日から訴状送達の日までの遅延損害金請求を棄却すべきものとした原判決には、法令の解釈適用を誤つた違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり、原判決は右部分につき破棄を免れない。

そして、原判決が確定した弁護士費用を除く損害額九一一二万四三八一円から上告人が昭和六〇年一月二二日までに支払を受けたことが記録上明らかな二五二四万三二八七円を控除した六五八八万一〇九四円について、本件事故の発生日である昭和五六年六月一六日から昭和六〇年一月二二日までの民法所定の年五分の割合による遅延損害金を計算すると、その金額は一一八七万六六四六円となる。したがつて、上告人の遅延損害金の請求は、右金額と原審が確定した弁護士費用を含む総損害額九二一二万四三八一円から、原審が控除すべきものとした八〇五〇万八一七〇円を差し引いた残額一一六一万六二一一円に対する昭和六〇年一月二三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払を求める部分は認容すべきであるが、その余は棄却すべきであるので、原判決中被上告人黒田に関する部分は、これを主文第一項のとおり変更するのが相当である。

上告理由第一の二について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係の下においては、被上告人日新火災海上保険株式会社は上告人に対して本件の遅延損害金の支払義務を負わないとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立つて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、原判決中被上告人黒田に関する部分は前記のとおり変更するが、被上告人日新火災海上保険株式会社に対する上告は棄却すべきであるから、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八四条、九六条、九五条、八九条、九二条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 河合伸一 中島敏次郎 大西勝也 根岸重治)

上告代理人荻原統一の上告理由

第一、原審は上告人の求めた裁判を誤解し、上告人の求めた裁判に対して判断していないし、法令に違背している。

一 被上告人黒田(以下「黒田」という。)について

1 黒田に対して求めた裁判

上告人は黒田に対して、本件事故により自賠法三条の責任として損害賠償元金と事故日たる昭和五六年六月一六日から支払済までの年五分の割合による遅延損害金を求めている。

ただし、遅延損害金については、その元金につき時期によつてその金額に変動があるので、事故日たる昭和五六年六月一六日から昭和六〇年一月二二日までの損害金と翌日の昭和六〇年一月二三日から支払済に至るまでの損害金とを分けて請求の趣旨に記載して請求しているのである。

(イ) 昭和五六年六月一六日(事故日)から昭和六〇年一月二二日まで

〈ⅰ〉 この期間の損害金については、昭和六〇年一月二二日までに既払金が合計で金二三三七万〇三二二円であることは当事者で争いはなく、従つて本件事故による総損害額から同既払額を差引いた金額の一部分である金五五〇〇万円に対して事故日から昭和六〇年一月二二日までの年五分の遅延損害金を請求しているのである。(この趣旨は第一審判決の事実摘示においては適正に判示されている)

〈ⅱ〉 この期間における昭和六〇年一月二二日までに支払われた既払額金二三三七万〇三二二円については、具体的な支払額や時期は不明であるので、この既払額全額を本件事故による総損害から差引いて計算している訳であつて、遅延損害金の一部請求となるものであつて、重複して過大に請求しているものでないことは明らかである。

〈ⅲ〉 したがつて、上告人はその相当と判断する本件事故による総損害額を合計で金一憶三七三九万七八一二円とし、これから前記既払額を差引いた残金の一部として金五五〇〇万円をこの期間における遅延損害金の元金として請求しているのである。

そして、この期間における遅延損害金は計算可能であるから請求の趣旨は別項で請求しているのである。

〈ⅳ〉 あとは、裁判所において判断される本件事故による総損害額が決まれば、前記既払額を差引いて上告人が求める請求の範囲内でこの期間における遅延損害金を単純に計算して判断すれば良いのである。

(ロ) 昭和六〇年一月二三日から支払済に至るまで

〈ⅰ〉 この期間における遅延損害金の元金については、本件事故による総損害額から昭和六〇年一月二二日までに支払われた既払金二三三七万〇三二二円、昭和六〇年一月二三日に支払われた既払金二〇〇〇万円および昭和六〇年二月一八日に支払われた既払金二七八二万九六七八円の既払額合計金七一二〇万を差引いた残額、すなわち判決主文で裁判所が認める損害賠償元金を指している。

この期間の遅延損害金については、前(イ)の期間の遅延損害金と重複しないように昭和六〇年一月二三日から支払済までの遅延損害金を求めているのである。

〈ⅱ〉 最終的な判決主文で示される既払額を差引いた損害賠償元金が確定するのは昭和六〇年二月一八日であり、昭和六〇年一月二三日から同年二月一八日の間の遅延損害金については、その元金に金二七八二万九六七八円の差異が存する訳で、その間の遅延損害金はその差異分だけ過大請求しないようにこの差異分を差引いた残額を同年一月二三日から遅延損害金の一部請求しているのである。

裁判所は当事者の求めた請求について判断可能であることは明らかである。

2 上告人が求めた裁判について原審の判断は法令に違背している。

(イ) 原審は判決主文において、黒田については最終的な既払額を差引いた損害賠償元金に対する昭和六〇年四月二五日から支払済に至るまでの遅延損害金しか認容しておらず、事故日たる昭和五六年六月一六日から昭和六〇年四月二四日までの遅延損害金を法令に違背して不当に棄却している。

(ロ) 原判決は、当事者で総損害について話し合いがつかなかつたということと、損害残額の計算方法、各遅延損害金の起算日の特定が不可能であるから本件訴状送達の翌日から支払済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金のみに限定すべきであるなどと判示している。

〈ⅰ〉 およそ交通事故による損害賠償で裁判となるのは、当事者間で損害項目、額等に争いがあるから裁判となる訳であつて、当事者で額に争いがあるという理由をもつて訴状送達の翌日からしか遅延損害金を認めないなどという判断は、不法行為について定めた自賠法を含む民法諸法令に違背することは明らかである。

〈ⅱ〉 又損害残額の計算方法、各遅延損害金の起算日については、前記1で述べているとおり特定が可能であることは単純な計算問題で明らかである。

〈ⅲ〉 上告人は、遅延損害金の請求が重複ないしは過大にならないように黒田に対する請求の趣旨を二項に分けているのであつて、原審が事故日たる昭和五六年六月一六日から昭和六〇年四月二四日までの遅延損害金を認めていないのは法令に違背した不当なものである。

二 被上告人日新火災海上保険株式会社(以下「日新」という)について

1 問題点について

(イ) 本件は、日新が自家用自動車保険契約にもとづき、示談代行保険として日新自らが直接の当事者として示談調停、本件訴訟と担当してきたものである。

そして、日新が直接の当事者として本件損害賠償金を支払うべきである金員を遅延させてきたことによる遅延損害金について支払義務があるかどうかが争点であり、これについての判断については、いわゆる「示談代行保険」が創設されたときの経緯と、そのために立案された約款の制定趣旨の理解が不可欠であることは言うまでもない。

(ロ) いわゆる「示談代行保険」が創立されるに際しては、弁護士法違反の疑いを解消することと、被害者救済という立場を守り保険会社に対し自らの社会的責任を明示する制度を設けるところにあつたことは公知の事実である。(丙第二号証、甲第一五号証)

本件において、自家用自動車保険契約の本件普通約款の解釈にあたつては、文言だけに拘泥されず、約款によつて同保険契約の当事者の達しようとした経済的または社会的目的をとらえ、約款の全内容をその目的に適合するように解釈しなければならないことは言うまでもない。

2 本件普通約款第一章第一一号第二項(2)号について

原審は、本件の争点である右約款の解釈につき、約款の有する意味を明らかにしようとはせず、文字に拘泥し、例外規定であるという形式的理由だけで上告人の主張を退けているだけであつて、その解釈に誤りがある。

本件保険契約における当事者の意思すなわち約款の解釈は、法律行為の解釈であり、これは当該法律行為によつて当事者の達しようとした経済的または社会的目的をとらえ、法律行為の全内容をこの目的に適合するように解釈することが法律行為解釈の基本である。

ⅰ 右約款が認められるようになつた経緯および右約款の目的について

(イ) これは、日新の昭和六一年一月一七日付準備書面(二)の三丁表裏に記載しているとおり、いわゆる示談代行保険というものが弁護士法第七二条違反の疑いが強いことおよび被害者救済にむしろ逆行するものであるから(丙第二号証5頁)、被害者の保険会社に対する直接請求権の規定を設けて保険会社に当事者としての立場を得させて他人性の問題を解決し、更に保険会社が被保険者(加害者)ために名実ともに当事者となつて示談代行、調停訴訟等をする以上、理論上当然のこととしてその解決が遅延した場合には、当事者としての保険会社がその危険を負担するというところから第一一条第二項(2)号の規定が設けられたものである。

(ロ) 又、この規定は、すべての危険から被保険者を守るという趣旨からも設けられたものである。(甲第六号証)

ⅱ 右約款の目的からすれば、以下の理由により遅延損害金を保険金額の枠外で支払う場合は、訴訟だけに限定されず示談交渉および調停手続により遅延した場合も当然右約款の適用があると解釈すべきである。

a 右約款の目的は、被保険者保護および被害者救済にあるのだから、限定的に解釈すべきではない。

b 訴訟以外の手続であればいくら遅延しても保険会社は遅延損害金について填補しないでいいというのであれば、弁護士法第七二条違反の疑いが強くなる。

弁護士法第七二条は、非弁護士が私利を図つてみだりに他人の法律事件に介入することにより当事者の利益を害し法律秩序を害するから禁止しているもである。

示談交渉や調停手続でいくら保険会社が遅延させてもその遅延による危険を負担しないというのであれば、保険会社は当事者的立場にあるとはいえず、その解決が遅延したところで保険会社には何らの責を負わないのであるから、損害賠償額の支払が長期化しやすくなるのが当然で、被害者救済が遅れ、更には遅延による損害金を負担する被保険者の利益を害することになつて、弁護士法第七二条違反の疑いが強くなるのである。

c 右約款の目的からすれば、訴訟以外の折衝、示談調停を除かなければならない合理的理由が全くない。

保険会社が当事者的立場により第五条の関与をして損害賠償金の支払を遅延した場合において、訴訟とそれ以外(折衝、示談、調停)の場合を分けて、前者だけ遅延させた場合に遅延損害金を支払わなければならず、後者は遅延させても遅延損害金を支払わないでもよいという合理的理由は全く見当たらない。

d 右約款において、その形式的文言は「第五条一項の規定に基づく訴訟」「被保険者が当会社の書面による同意を得た訴訟」とあるが、これは訴訟における場合を例示的に記載しているものである。

すなわち、右約款の目的からすれば、前述のとおり折衝、示談、調停を問わず、保険会社が賠償責任条項第五条により解決にあたる場合は、保険会社が当事者として解決にあたるのであるから、当然のこととして保険金額の範囲内の損害賠償金額を元金として遅延損害金を支払うことにしているし、更にすべての危険から被保険者を守るという趣旨から保険金額の範囲を越える損害金額に対する遅延損害金をも「全額」支払うことにしている約款であると解釈すべきである。(甲第六号証)

したがつて、右約款は第五条における「訴訟」を例示的に記載しているのであつて、第五条における「折衝」「示談交渉」「調停手続」で遅延させた場合においても、判決で遅延損害金を認められるのを条件として遅延損害金を「全額」支払うことにしているのである。(甲第六号証)

3 以上のことから、上告人主位的請求として、日新に対し、賠償責任条項第六条第一項について、右遅延損害金を直接請求できるのである。

ⅰ 被害者直接請求権は、保険会社に当事者性を持たせ、保険会社の示談代行に違法性があるのではないかという疑問を解消するとともに、被害者救済をより充実するために左記二要件をあげている。

〈1〉 対人事故により被保険者が損害賠償責任を負担すること。

〈2〉 保険会社が被保険者に対して填補責任を負担すること。

ⅱ 遅延損害金は不法行為による損害賠償義務の履行遅滞についての損害賠償であつて、被保険者の負担する損害賠償責任の額そのものでないのであるが、右要件〈1〉の損害賠償責任には遅延損害金の支払義務も含まれる。

けだし、第六条第一項の趣旨が前記のとおりであるなら、このように解釈することが被害者救済をより充実することになつて示談代行の違法性の疑問の解消にもなるからである。

ⅲ 以上のことから、本件において〈1〉対人事故により黒田が損害賠償責任およびその遅滞による遅延損害金の支払義務を負担しており、〈2〉前記のとおり日新が黒田に対し、一定の条件のもとに遅延損害金の填補責任を負担しているものであるから、上告人は本条項に従つて黒田が日新に対して請求できるのと同じ内容の遅延損害金を日新に直接請求できるものである。

ⅳ よつて、上告人は日新に対し、請求の趣旨第二項記載の判決のあることを条件とし、同請求の趣旨記載の遅延損害金の支払を求める。

4 仮に、賠償責任条項第六条第一項によつて、上告人が日新に対し直接請求をなしえないとしても、上告人は自己の債権を保全するため、黒田の日新に対する権利を上告人の名において行使するのである。(債権者代位権の行使)

5 日新は黒田に対し契約上の債務不履行による損害賠償義務を負担しているので、以下のとおり予備的請求(現在の給付の訴)をする。

ⅰ 第一一条第二項(2)は前記のとおり、すべての危険から被保険者を守るという趣旨から要件を緩和して特別に被保険者保護の約款を定めているものである。

しかしながら、右約款以外でも保険会社と被保険者は自家用自動車保険契約を締結しており、その契約から当然要求される保険会社の注意義務が存在しているのであつて、この義務に違反し被保険者に損害を与えた場合には、一般の債務不履行責任の生ずることは当然のことである。

ⅱ 右保険契約約款損害賠償責任条項第五条で明らかなとおり、保険会社は被保険者の同意を得て示談代行する場合は、被保険者のためにサービスとし、被害者からの損害賠償請求に対し防御するという契約上の高度の注意義務を負担しているのである。(西島証人尋問調書八丁裏)

したがつて、日新は被害者に対して第五条に基づく示談代行をなすに至つた場合には、損害賠償額の支払が遅れることにより被保険者の損害(遅延損害金)が増加するのを防止する義務があるし、更に被保険者の負担する損害賠償責任の額が任意保険の責任限度額および自賠責保険の支払額の合計額を明らかに越える場合には、即時「保険金の投げ出し」をしてその示談代行から離脱しなければならない。

ⅲ 日新は黒田に対して右注意義務を負担しているにもかかわらず、上告人が昭和五八年九月七日には症状固定となつて「保険金を投げ出す」場合であることが明らかであるのに、その後示談交渉や調停手続で漫然とその支払を遅滞した。

右遅延によつて、被保険者である黒田は被害者たる上告人に対し、その間の民法所定率年五分の遅延損害金を支払わなくてはならなくなり、同額の損害を蒙つた。

このように、黒田が上告人に負担した年五分の遅延損害金自体が損害であるとして、黒田は日新に対してこれを損害賠償元金として債務不履行上の損害賠償請求を有する旨を主張しているのである。

ⅳ よつて、上告人は次のとおり自己の債権を保全するため、黒田の日新に対する権利を上告人の名において行使する。(債権者代位権の行使)

(イ) 上告人の黒田に対する債権

自賠法による損害賠償請求債権。

(ロ) 黒田の日新に対する債権

これは前記のとおり債務不履行による損害賠償請求権である。

6 上告人の請求の原因は前記のとおりであるところ(この点について第一審判決は正確に事実摘示している)、原審は上告人の求めていない裁判を勝手にすりかえて上告人が求めていないことについて判断したり、法令に違背して法律行為を解釈している。

ⅰ すなわち、原審は上告人の求めている請求が左記のとおり選択的になされているとしている。

〈1〉 本件自動車保険契約による保険金請求権の履行遅滞による法定遅延損害金

〈2〉 約款一章一一条二項(2)の規定による遅延損害金の請求

〈3〉 右約款による請求が黒田にあるとしてその代位行使請求

ⅱ くりかえして述べるが、上告人が請求しているのは左記のとおりである。

〈1〉(主位的請求)

約款第一章一一条二項(2)の規定に基づく請求

(イ) 約款一章六条一項に基づく直接請求

(ロ) 債権者代位に基づく請求

〈2〉(予備的請求)

債権者代位にもとづく請求

上告人の黒田に対する自賠法による損害賠償債権により、黒田が日新に対して有する契約上の債務不履行による損害賠償請求権を代位行使する。

以上のとおりであり、原審は勝手に上告人の求めた裁判を変更して上告人において求めていない裁判について判断をなし、更には本件自動車保険契約の約款の解釈について文言だけに拘泥し、約款の有する経済的社会的目的をとらえて約款の全内容をこの目的に適合するように解釈する努力など全くしていない。

第二 上告の趣旨記載の請求金額について

原審で認容した本件事故による総損害額を前提としており、金一二三九万四五六七円については、金九二一二万四三八一円から既払額二三三七万〇三二二円を差引いた金六八七五万四〇五九円に対する事故日から昭和六〇年一月二二日までの年五分の割合による損害金である。

以上

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